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MOMもるひ | ラグナロクオンライン日記ROブログ【RO短編小説】 やくそく

もるひデス。
以前に公開していたRO小説を修正して再UPいたしマス。
『初出2004.6.28』デスから、今から2年前のお話デス。
あれからもうそんなに経つのか……もるひも1年ごとに読み返してマス。
いろいろと思い出のある作品なので。

まぁ、ココロに余裕があるときにでもドウゾ…。

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【やくそく】


昼間の森は静かで穏やかでしたが、それでも悪い魔物はたくさん潜んでいます。
もちろん、それを退治して経験を増やそうとする冒険者たちも、それこそ数え切れないほどいるのです。
今日もひとり、アコライトの女の子が元気な掛け声とともに闘っていました。
「えいッ!」
振り下ろすのは、金属製の鈍器・ソードメイス。
両手でしっかりと柄を握り、顔を真っ赤にして魔物たちに挑みかかります。
……ですが、ちっとも相手に当たりません。
武器が重すぎるのでしょうか、相手がすばしっこすぎるのでしょうか。
何度目かの攻撃はやっとヒットし、小さな動物みたいな魔物はぴーぴー鳴きながら、どこかへ逃げていってしまいました。
「ふぅ……」
純白の正装に身を包んだアコさんは、額に落ちてきた髪をかき上げ、ため息をつきます。
首筋が汗でびっしょりと濡れています。この森にやってきてから、まだそれほど時間はたっていません。自分の体力のなさを痛感します。
「こんなんじゃ、いつまでたっても強くなれないよ……」
ぽつんと弱音を吐いたアコさんでしたが、ふるふると首を振りました。悩むヒマがあったら体を動かす方がいいのです。
『よし頑張ろう』と気合いを入れ直し、またしばらく小さな魔物たちを相手にします。気力だけは充分なのですが、やっぱりすぐに疲れてしまいます。ちっとも強くなった気がしません。
アコさんは、『ふぅ』と何度目かのため息をつきました。


そのときです。
「がんばってるね」
ふいに、声をかけられました。
振り返ると、そこには女の人が立っていました。
服装からして、モンクさんです。素手だけで敵を倒す格闘家。アコさんより何十倍も強いはずです。
さっきから誰かに見られている気はしていたのですが、どうもこの人の視線だったようです。
「なによぅ、馬鹿にしないでよぅ。どうせ私は弱いですよぅ」
アコさんは頬を膨らませました。
でも、その人は馬鹿にしているわけではありませんでした。
にっこりと、優しそうに微笑みます。
「一緒に休憩しようよ。あんまり無理すると疲れちゃうよ?」
そう言って、『ほら、おいしいお弁当もあるから』と、手にしたバスケットを掲げてみせるのでした。
(なんなんだろう、変な人)
そう思いながらも、アコさんのおなかは『ぐぅ』とくぐもった声で鳴いてます。
誘われるがまま、モンクさんと一緒に昼食を取ることにしました。
「はい。どうぞ」
渡されたサンドイッチには、たっぷりの野菜とチーズが入っていました。新鮮でほんのり甘い味が口に広がります。
いつも露店で大量に安売りされてるお芋をかじっていたので、こんな手のかかった料理を外で食べたのは初めてでした。
さっきまで膨らませていた頬が、自然と緩むのを感じます。
「おいしい」
「よかった。まだあるから、どんどん食べてね」
こくこくと頷き、もぐもぐと口を動かします。それをにこにこと眺めているモンクさん。
魔物も住んでる危険な森でしたが、なんだかそこだけが平和になったような気がしました。
(落ち着くなぁ。のんびりもいいなぁ)
そんなふうに思ったアコさん。
だから、少し油断していたのでしょう。
その隙を狙ったかのように、突然、草むらから何かの影が現れたのです。
ひょいとその気配に目を向けたアコさんは、驚きのあまりサンドイッチを地面に落としてしまいました。
「ば、化け物……!」
見たことのない、大きな魔物でした。
ここに来たのはごく最近で、今まで小さな魔物しか相手にしていなかったのです。
こんな怖そうな怪物が出没する場所で戦っていただなんて……アコさんは自分の無知を呪いました。頭が真っ白になって、どうしたらいいか分からなくなってしまいました。
でも、一緒にいたモンクさんは冷静でした。
「さがってて」
声もでないアコさんの前に、モンクさんがすっと進み出ます。
怖い魔物は、身もすくむ雄叫びをあげて殴りかかってきました。
一瞬でした。
すれ違いざま、モンクさんの拳が突き刺さります。
ずずん、と倒れる魔物。
あまりの速さと強さ。アコさんは目を丸くしました。
「すごい。モンクさん、強い」
「そんなことないよ」
モンクさんは謙遜して微笑みました。
そんな自然な姿がすごく格好良く魅力的で、アコさんはすっかりこの人が好きになってしまいました。
……私も、この人みたいになりたい。

「あの。サンドイッチ、ありがとう」
はにかみながら、アコさんは自分の今の思いを伝えました。
「私、強くなりたいんです」
まっすぐに目を向けて、アコさんは思ったことをそのまま告げました。
「強くなって、いつかモンクさんと一緒に闘ってみたい!」
そういうと、モンクさんはきょとんと目を丸くしました。でも、すぐに笑顔になって、うんうんと頷きました。
「わかった。あなたが強くなるのを楽しみに待ってるよ」
「うん。ゼッタイだよ。約束だよ」
ゆびきりげんまん。
小指を絡めて、二人は照れたように笑いました。


……そんなモンクさんは、これからさらに自分を磨くための旅に出るといいます。
出会いに、別れは付き物ですから。
「ああ、そうだ」
別れ際、モンクさんはポンと手を打ちました。
「これ、あげるよ」
もらったのは、小さなガラスの瓶でした。中は黄金色に透き通る液体で満たされています。
「それを飲むとね、なんて説明したらいいのかな……うん、元気が出るよ。きっと、あなたの手助けになってくれる」
「ふぅん……そうなんだ?」
半信半疑でしたが、モンクさんが言うなら間違いはないだろうと思いました。
『ありがとう、大事に使うよ』とお礼をいいました。
「じゃあ、またね」
「うん、どこかで」
互いにそんな言葉を交わし、二人は別れました。
モンクさんの後ろ姿を見つめながら、アコさんは『よし』と拳に力を込めました。


=====================================

モンクさんからもらったその飲み物の効果は、それは素晴らしいものでした。
狩りの直前に、ちょっと口にするだけでいいのです。
体中に力が溢れて、今まであんなに重かったソードメイスが、いとも簡単に振り下ろせるようになったのです。
「これなら、がんばれそう」
体だけでなく、心も軽くなったようです。
アコさんは張り切って、魔物をやっつけにでかけました。
いつもより、たくさん戦い抜くことができました。ソードメイスも、ずいぶんと手に馴染んできた感じです。
ちょっと疲れて休憩したとき、ふとアコさんは思いました。
「そういえば。この飲み物、なんていう名前なんだろう?」
特に名前まで教わってはいませんでした。でも、なんらかの『魔法の薬』ではないかと思いました。
小瓶に満たされた、自分の夢を叶えてくれる魔法の薬。眺めているだけで幸せな気分になってきます。


そんな数日を過ごしていると、やがてもらった薬がなくなりそうになりました。
「困ったなぁ。これがないと狩りもやる気がでないよ」
この辺りの魔物にも慣れ、アコさんの実力もあがっていますから、たとえこの薬がなくてもある程度の相手ならやっつけられるでしょう。でも、それでは物足りません。狩りの前のおまじないといいますか景気づけといいますか、そういう心構えに必要なものでした。
アコさんは、街で同じものを探すことにしました。
きょろきょろしながら歩いていると、中央通りからちょっと外れた裏路地に、一軒の露店が開いていました。
そこにはたくさんのガラス瓶が並び、いろんな色をした液体で彩られています。
試験管やフラスコといった見るからに怪しい容器もありましたが、その中にアコさんは黄色の液体の入った、小瓶を見つけたのです。
「すみませんッ」
アコさんは勢い込んで声をかけました。
「このお薬、ください!」
本職は錬金術師でしょうか、その店の主は『まいど』とやる気の欠けた応対で商品を手渡しました。思ったほど高い値段ではありませんでした。
目的のものが購入できてアコさんは満足でしたが、そこに並ぶ他のお薬も気になってしまいました。
「あの、そっちの緑色の小瓶はなんですか? やっぱり元気がでる飲み物?」
「ああ、これね。うん。そんなもんだよ。黄色いやつの強力版、って考えてもらえば」
「へぇー、いろいろ種類があったんだ。じゃあ、そっちのお薬もくださいッ」
「いいけど、少し高めだよ、うん。それに君には合わない気がするな」
「でも、私はもっと強くなりたいんです!」
拳を固めて力説すると、その人は特に興味なさそうに頷きました。
「そこまで言うんなら売ってあげるけど、返品は勘弁してね。ちょっとアコさんの口には合わないかもしれないからね、おそらくびっくりしちゃうと思うんだ。……ああ、自分が売ったとかいうのはあんまり人に言いふらしちゃダメだよ。いやホント、どうなっても知らないからね、知らないよ……」



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その緑色の飲み物は、ちょっと苦い気もしました。
でも、『良く効く薬は苦い』という言葉を信じて、アコさんは思い切って半分ほど飲み干しました。
あの錬金術師さんが言ったとおり、本当にびっくりしました。黄色いお薬よりも、もっともっと、数倍効果があったのです。
「すごいや」
アコさんはソードメイスを軽々と振り回し、魔物を叩き飛ばしました。
「自分の体じゃないみたい」
神経がピンと張り詰める感じです。草むらに隠れた魔物の気配を感じることができるほどです。
闘うことが楽しくなって、アコさんはますます狩りに熱中しました。敵を倒す経験を積んで、強くなっていく自分を実感できました。この手で武器を握り、この足で狩場を駆け、この力でトドメを刺すのです。
強く成長する喜び。それも飛躍的に。アコさんは嬉しくてしょうがありません。

……その緑色の薬なのですが、やっぱり持続時間があるようです。
効果が切れると、突然ガクンと虚脱感に襲われます。黄色い薬のときはあまり気付かなかったのですが、少し強い薬になるとその差は歴然としたものでした。
「あっと。そろそろクスリが切れちゃうかな?」
自分の腕の動きが鈍り始めたのを見計らって、アコさんはまた緑のクスリを飲みました。
また体に力が戻ってきて、アコさんはぐっと腕に力を込めました。
「この魔法のクスリさえあれば、私はどんどん強くなれるんだ♪」
あの人と交わした約束も、いつか……。
そう思い、アコさんは一人、微笑みました。



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ある日のことです。
アコさんはいつものように狩場をめぐっていました。相手にする魔物もどんどん手強くなってきて、でもそれは自分も強くなってきたことを証明するものでした。
「あっと。そろそろ薬がなくなっちゃうな」
ふと荷物をチェックしてみたのですが、用意してきた瓶はすっかり空になっています。どうも、さっきのが最後だったようです。また街に買いに戻らないとです。
「今日はだいぶ闘って疲れてきたし、そろそろ帰ろう」
だるくなった腕の曲げ伸ばしをして、そんなふうに思った――そのときです。
なにかが、近づいてくる気配がしました。
(魔物?)
アコさんは身を引き締めました。ソードメイスを側に引き寄せ、いつでも横に薙げる体勢を取ります。
がさ、っと草をかき分けて現れたのは。
「……なんだ。人間か」
その騎士さんは、剣の束にかけていた手を離しました。
「こんなところで。魔物かと思った」
それはお互い様でした。
相手が人間だったということで、アコさんは緊張を解きました。
騎士さんも同じ気持ちだったらしく、軽い口調で話しかけてきました。
「こんなところにアコさんがいるなんて、驚いたな。ここらに棲んでる魔物、けっこう強いだろう。一人?」
アコさんは頷きました。
「ふぅん。世の中、すごい女の子もいるもんだね」
その騎士の男の人は、ここで休憩をするつもりのようでした。荷物から、いくつかの携帯食料を取り出しています。
(……あれ?)
ぼんやり様子を眺めていたアコさんでしたが、ふと荷物の中にあるものを見つけました。
いつも見慣れた、あの小瓶です。でも、中に入っている液体の色が違いました。
黄色でも緑色でもなく。
赤いおクスリでした。

「あの」
アコさんは思い切って聞いてみました。
「それは、なんの薬ですか?」
「あ? ああ、これかい。これを飲むと、すごく体が軽くなってさ。ほら、この重い両手剣だって自由自在に振り回せるんだよ。どんな敵が来ても怖くないね」
思ったとおりでした。
こんな強そう騎士さんが愛用している品です。きっと、ものすごい効果があるに違いありません。
アコさんは、そのクスリがどうしても欲しくなってしまいました。
「それにしても、アコさんが鈍器で殴るとはねぇ。勇ましいというか、野蛮なもんだ」
からかうつもりだったのでしょうが、騎士さんはそんなことを口走りました。『戦闘は俺たちに任せとけばいいんだよ』という自信にも聞こえました。
アコさんは、少しムッとしました。
「そんなことないよ。私だって、騎士さんに負けないくらい強いよ」
「またまた。おてんばというか、負けん気の強いアコさんだなぁ。……だいたい、アコライトってのは相手を癒す職業だろう?」
干し肉をかじりながら、騎士さんは笑いました。
「アコさんはな。俺らの背中に隠れてピーピー喚いて、回復魔法でも唱えてればいいんだよ」

……好意的に解釈すれば、『女の子に前衛をさせるわけにはいかないぜ』という騎士さんの男らしい優しさだったのかもしれません。
でも、アコさんにはそう聞こえませんでした。
今まで頑張ってきた自分を、すべて否定された気がしました。
頭の中で、なにかがぐらりと傾きます。
完全にクスリが切れて、全身を耐え難い倦怠感が襲います。
頭がぼうっとかすんで、立ちくらみにも似た感覚です。

……なんだろう、すごく頭が痛いや。
……胸が苦しいな。いつもよりズキズキするよ。
……おクスリ、欲しいな。ああ、楽になりたい。
……あの、真っ赤なのがいい……。

騎士さんは休憩を終え、また出発する準備を始めました。
アコさんは、ゆらりとした足取りでその背中に近づきました。
こちらの気配に、騎士さんは特に気付いていないようです。きっと油断しているのです、だって相手は人間ですから。か弱いと思われている、アコライトの女の子ですから。
そんな無防備な騎士さんの後頭部をめがけて、アコさんは握りしめたソードメイスを、

振り下ろしました。

『ぐしゃり』と嫌な音を立てて騎士さんは地面に倒れます。
困惑と驚愕が混ざった顔でこちらを見上げる騎士さん。その顔面に、アコさんは凶器を叩きつけました。
何度もです。
何度もです。
いつも、魔物を倒すときと同じです。
やがて、騎士さんはぴくりともしなくなってしまいました。
もう二度と、動きません。

「……」
アコさんは、その横たわる体に呆然と視線を向けていました。
ふと目を動かすと、カバンの中身が散乱しています。
飛び散った赤い血にまみれて、あの赤い薬もバラバラと落ちています。
がくがくと震える手で一本を拾い上げ、何度も失敗しながらも栓をあけ、一気に飲み干しました。なぜだかうまく飲めなくて、唇の端からこぼれた液体が首筋を伝って服を濡らしました。
味は、あまりしませんでした。味覚なんて、もうどうでもよかったのです。
それでもすごい刺激があったのは事実で、アコさんは涙目になりました。
心臓が跳ね上がり、胸を突き破って外に飛び出るかのようでした。
ズキズキを通り越し、ばくばくとした鼓動が耳元で鳴り響きます。
体がぶるぶると震えていましたが、それは自分の犯した罪への恐怖ではありませんでした。
ぞくぞくしました。自分の荒い息づかいに興奮しました。
ソードメイスを握りしめた手は完全に硬直してしまっていて、はじめからそういう手だったのではないかと思ったほどです。
ぼたぼたと鮮血を滴らせる凶器。
ふと、さっきこの凶器を振り下ろしたのは『何回だったろう』と思いました。


なんだか生まれ変わった気がしました。



=====================================

その真っ赤なクスリは、それはそれは素晴らしいものでした。
一度飲むと全身の血が燃えるように熱くなり、体を動かさずにはいられなくなります。
アコさんは殺すべき魔物を求めて、森をさまよいました。
もう、わずかな気配だけで位置をつかむことができます。視覚、聴覚、嗅覚が研ぎ澄まされ、どんな魔物も見逃すことはありませんでした。
敵と正面から対峙したときもそうです。相手の急所を見極め、一撃で致命傷を与えます。動きの止まった相手に、さらに何度も凶器を振り下ろします。
18回……最近は数を数えるようになりました。
嬉しくて楽しくて、しょうがありませんでした。
この辺りの魔物では、もはやアコさんに敵うものはいません。
魔物は、獲物です。
砕け散る肉片が、飛び散る鮮血が、アコさんの心を満たしてくれるのです。それはほんの一時的なもので、だからアコさんはいつも魔物の姿を探し求めていました。
まるで狂った狩人、そのものでした。

赤いクスリはこの上もなく素晴らしいものでしたが、やっぱりクスリです。
効果が切れそうになると、まず周囲の景色がすぅっと溶けていく感覚に襲われます。地面が視界から薄くなって宙に浮くような……なんだか気持ちいいな、と感じるのは一瞬のことで、すぐに頭と関節と心臓がズキズキとしてきます。その痛みはだんだん強くなってきて、全身がびくんびくんと痙攣するように引きつります。耐えられなくなると、アコさんは赤いクスリを一気に飲み干します。すぅっと体が軽くなって、痛みも震えもウソのようになくなります。あのぞくぞくした興奮が戻ってくるのです。
「ほら。私……強くなったよ」
カラになった小瓶を叩き割り、アコさんは笑いました。



=====================================

最近のアコさんは、どうもイライラしていました。
今日は特に、狩場に魔物の姿が少ない気がします。
いつもより殺す相手が少なくて、欲求不満がたまってしまったのでしょう。しかも、あんなにいっぱいあった赤いクスリがそろそろなくなりそうなのです。
「最悪。街に戻って探さなきゃ。遠くて面倒だな、ホント最悪だな……」
ぶつぶつと呟いていたアコさんは、ふと足を止めました。
なにかの気配を感じたのです。
魔物ではありません、別の……おそらく人間のものでしょう。
気になって足を運んでみると、そこには二人組の冒険者が座っていました。
剣士の少年と、アコライトの少女の組み合せです。
木陰にのんびりと座り込んで、遠足のようにお弁当を広げているではありませんか。
アコさんは、カッと頭に血が上るのを感じました。
(こんなところで、よくも気楽に……)
特に、その女の子の方が気に入りませんでした。
自分と同じアコライトのくせに。世間のことも、この狩場が危険なことも知らない、純粋無垢を絵に描いたような――
イライラは絶頂に達し、アコさんは我知らず二人の前に躍り出ました。
突然のことに、その二人は身を固くします。
そして、こんなふうに叫ぶのです。

「ば、化け物っ!?」

……。
驚いたのは、アコさんの方です。
(……私が、化け物……?)
純白だった服は、繰り返し浴びた返り血で何重にも赤く染まっていました。
腰を落としてだらりと前に垂らした腕、その手には刃こぼれしても凶悪な雰囲気を放つ鈍器が握られています。
髪はなりふり構わず伸ばし、顔の半分を覆い隠していました。その間から覗くのは、真っ赤に血走った眼。
サイアク、です。
そんな自分の姿を目前にして、こいつらは腰を抜かして震えているのです。
もう、耐えられませんでした。
アコさんは、無言で鈍器を剣士に叩きつけました。反対側の大木にまで吹き飛び、だらりと力なく倒れます。おそらく死んだでしょう、殺すつもりでしたから。
続いて涙顔の少女の首筋をつかみあげ、ぐいと顔を近づけます。
「……クスリを……」
手が、ぶるぶると震えてきました。いつもの禁断症状です。今日はとりわけ激しい気がしました。
「赤いの、ちょうだい……」

……ああ、そうだ。いいことを思いついた。
……ああ、この女の子を叩き潰したらどうだろうか。
……ああ、中身は真っ赤なんじゃないだろうか。
……ああ、ああ、なんだかぞくぞくしてきたよ。

アコさんは、にっこりと優しく笑います。
ぶるぶる震える頭をめがけて、アコさんは握りしめたソードメイスを、

……。

殺気を感じて、アコさんはパッと振り返りました。なにか、強烈な視線を感じたのです。
そこには一人の女の人が立っていました。
そうです。
あのときの、モンクさんでした。

「……ひさしぶり」
いつか、強くなったら。
一緒に旅をしたいと思っていた憧れの人です。この人みたいになりたい、と願っていた目標の人です。
突然の再会に、アコさんは嬉しくなりました。唇が弧を描きます。笑いかけたつもりでした。
「見てよ。私、強くなったよ」
気絶してしまった少女を突き飛ばし、アコさんは両手を広げました。
「どうして……」
モンクさんは、一瞬だけ顔を歪めました。でも、すぐにキッと顔を引き締めます。
怖い魔物を相手にした、あのときの顔でした。
「それは、強さじゃない」
そして、言い切るのです。
「それを強さというのなら。あなたは、間違っている。このまま、野放しにはできない」
アコさんは、目を丸くしました。自分では、すごく強くなったつもりでした。がんばってきたつもりでした。
それなのに……なんだか自分をまた否定された気がして。
間違ってる? 
なにを間違ったんだろう、ただ認めて欲しかったのに……。

「じゃあ、試してみてよ」
アコさんは、ゆらりと身を屈めました。前傾姿勢の、いつでも飛びかかれる体勢です。モンクさんも、それに合わせて腰を落として構えます。
お互いに、本気でした。
アコさんはじりじりと間合いを詰めていきます。しゅー、と唇の端から息が漏れます。
隙を突くのは得意です。隙を作るのも得意です。
慎重に間合いを詰めて……アコさんは獣のように飛びかかりました。
モンクさんは、その打撃を両手で受け流そうとしました。反撃に転じる余裕はありません、そういう位置からは仕掛けていませんから。防御に徹するのみ。それで防がれてしまえば、それだけの話なのです。
でも、アコさんの一撃がそんな甘いものだと思ったら。
大間違いです。

ぼきん、と鈍い音がしました。
ソードメイスを両腕で受け止めたモンクさんですが、こちらの威力を抑えきれなかったようです。骨も折れたに違いありません。
(勝った)
アコさんは笑みを浮かべました。
最期の一撃を加えようと、ソードメイスを引き戻そうとして――
「あれ?」
体が動きませんでした。
いつのまにか、モンクさんの手が、アコさんの手首をつかんでいました。
振りほどこうと身じろぎをするのですが……どうしてでしょう、ぴくりとも動かないのです。
「あれ? あれ?」
力任せに引っ張るのですが、まるで金縛りにあったかのよう動きません。力で負けるはずがないのです、そんなに差があるはずはないのです。
目を閉じたモンクさんの気が、爆発的に膨れ上がるのを感じました。
「あれ? あれ? あれ?」
あせりました。慌てました。必死で離れようとするのですが、どうにもならないのです。
このままじゃ、攻撃ができません。
このままじゃ、防御もできません。
このままじゃ、このままじゃ。
こんなはずじゃなかったのに……。

モンクさんが、カッと目を見開きました。
「阿修羅……覇凰拳ッ!」
物凄い衝撃が胴体を貫いて。
アコさんの意識は、一瞬で宙に舞い散ったのでした。



=====================================

……気付くと、アコさんは横たわっていました。
硬い地面ではなく、なんだか柔らかい感触です。
理由はすぐに分かりました、モンクさんの膝枕だったのです。霞んだ視線の先にモンクさんの顔があります。
(……?)
その顔を見て、アコさんは不思議に思いました。
それは、あの気丈に引き締まった真剣な顔でもなく。
それは、あの優しそうな微笑みでもなく。
なぜか、顔をくしゃくしゃにして、ぼたぼたと涙を流しているのです。

「……ごめんね、ごめんねぇ……ッ」
なんで謝っているのか、アコさんには分かりませんでした。
だって、強い人は泣く必要などないはずなのですから。泣かないように、頑張ってきているのですから。
『どうして泣いてるの?』と言葉をかけようとしたら、代わりに血を吐きました。口を押さえようとしたら腕が動かなくて、身じろぎしようとしたら激痛が全身を突き抜けました。
だって、生きている方が不思議なのです。
モンクさんのあの技なら、苦しむ暇もなく息の根を止められていたはずです。
どうして、助かったんだろう。どうして、助けてもらったんだろう。

「あは……負けちゃった……」
アコさんは弱々しく笑いました。やっぱり強いや、と呟きました。
でも、モンクさんは首を振りました。涙の粒が、アコさんの頬に落ちました。
「こんなはずじゃなかった……私は、こんな約束、した覚えはない……」
拳を握りしめ、モンクさんは嗚咽を漏らしました。
「私は、あなたを傷つけるために強くなったんじゃない……ッ」
モンクさんは、なんだか後悔しているみたいでした。
『他人を守る拳を目指してたはずなのに。誰かを救える力を求めてきたはずなのに。どうして、こうなってしまったんだろう、』……と。
モンクさんは優しいのです。
だから、こんなことも思っているはずでした。

アコさん。あんなクスリを教えてしまって、ごめんなさい。
……私と出会ってしまって、ごめんなさい。

(それは、ちがうよ。ゼッタイ違うよ)
アコさんは、首を振りました。もう動かなかったけれど。
あのときモンクさんと出会わなければ。
今でも、必死で弱い魔物を相手にして。あのクスリの存在も知らないで武器を重そうに振り回して、無駄に疲れて意味もなく休憩して。誰かのために強くなるだなんて思いつきもしないで、たいした目標も持たずに、のんびりと……。

「……ああ……」
アコさんの口からかすれた息がもれました。なぜか涙もこぼれてきました。
(私は、強くなって……なにがしたかったんだろう)
もう、どこも痛くなくなって、アコさんはゆっくりと目を閉じました。
なんだかひさびさの休憩だな、と思って。

ふいに、あのとき食べたサンドイッチの味を思い出したのでした。


【END】 (初出:2004.6.28)




【Web拍手】感想でもドウゾ
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2006-09-09 | RO小説コメント : 13トラックバック : 0
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いつも見させてもらってます。もるひさんの小説は面白くいのでこれからも期待してます。てか・・・狂気ダメ絶対?
2005-08-30 13:42 : 若 URL : 編集
「SP・HSP・狂気Pは医薬品です。
用法・用量を守って正しくお使いください。」
でしょうかw
アルベルタの薬師おじいさんも、注意を促しております。
2005-08-30 23:17 : Goluar!! URL : 編集
Σ(゜д゜)
 初めまして。いつもROMっていた一モンクですが、コメントなぞを書かせていただきます…
 全聖職が泣いた (;д;)
 我のような殴りモンクはいつも「あの赤い薬、飲みてぇーなー」とぼやいているものですが、まさか、こんな悲劇が起こっていたとは… 驚きとともに自戒の念を覚えました。
 もるひ様にはこのような社会の問題点を鋭く突いた作品を書き続けていただきたいものです。
 では、早々に失礼。
 ちょびッ?
2005-09-01 11:52 : Goto URL : 編集
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2006-03-09 22:32 : : 編集
強さって何でしょうね……

昔、BOTの巣窟だった頃の蟻の巣を思い出しました。
ギチギチとうるさい音の中、無機質にビタタに駆け寄り無言で潰して去るBOTの群れ。
そんな中に30分もこもっていると、心がささくれだってくるのが自分でも判ってくるのです。

今はBOTも減り、蟻の巣穴は退屈な卵潰しを雑談で紛らわせる場になりました。
あの場所の「呪い」は解けたのかもしれません、
アコさんが命と引き換えに「クスリ」の手から逃れられたことのように。
2006-03-17 02:00 : 頭文字だけ同一鯖の騎士 URL : 編集
っ[バーサークピッチャー]

医師または薬剤師の(ry
2006-09-10 02:20 : いい話台無し URL : 編集
っ[フルアフォレナリンラッシュ]


すいません出来心だったんです、、、
2006-09-10 03:10 : さらに追い討ち URL : 編集
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2006-09-10 22:56 : : 編集
恥ずかしー(//▽//)
一年前の書き込みが残ってるwなんか懐かしいww
2006-09-10 23:54 : すとらと URL : 編集
ああ・・・なんだか、ローグテンプレのFAQでお馴染みの、アレを思い出しましたよ。
正にその通りだったという感じで。

ちなみに私は浮気性なので、キャラはどれも85いってません。
狂気を知らない汚れぬ体。
2006-09-11 13:02 : 県 URL : 編集
 この展開は
 どっきりでしたね。こういう風に話が展開するとは思ってもいませんでした。

 途中に出てきた騎士の発言、あれは最悪ですね。「アコライトなんかは、後ろでピーピー詠唱でもしてりゃいいんだよ」みたいな。これはひどい。とはいえ、このあと狂ったように騎士を殴りつけるなんて、思いもしませんでした。

 強さってのは、確かに一歩間違えれば、「狂気」にもなりうるものだと思います。「本当に強い」人というのは、きっと、力を持ちながら、それを謙遜し、皆を護るために力を使う人なのでしょう。

 展開には驚きましたが、でも、面白かったですよ。^^
2006-10-21 23:33 : Moai URL : 編集
何気にお邪魔したこちらで、
こんなに面白いページがあったとは…
プリを3キャラ持っている私は、食い入るように読んでいました。

次回作を楽しみに待っています♪
2007-11-11 12:41 : 琴 URL : 編集
初めまして。半月程前にラグナロクを始め、その二日後からこちらにお邪魔してまして、余りに面白かったので、毎日、一件目からずっと読んでいます。
面白い日記とかあっても、こんな古い日記にコメント書かれても困るかな?と我慢してたのですが…書かずにいれなかったので失礼しますm(_ _)m
すっっっっごく気に入りました!
内容も、書き方も、話の流れも…
漫画か映画でも見てるように、目の前にずっと光景が浮かんでました。
こういう、色々考えさせられる話は大好きです。
このコメント、気づいてもらえるかは解りませんが…載せてくれて本当にありがとうございましたm(_ _)m
2011-07-27 18:32 : 隠れファン URL : 編集
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もるひについて

もるひ Author:もるひ
・RO【Olrun】在住(※元Iris)
くさむしれ管理人 kusa64055★moruhi.com
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